2006/09/30(土)
『飛び込みプチフランス留学五日目最終日』
本日がプチ留学最終日。
テストは来週返してもらえるはずだったのだが、来週いませんというと、その場でチェックして返してもらった。
20点満点で16点。まあまあだったと思う。
細かいところ、sつけるとかつけないとか、男女の冠詞とか、が結構違っていた。

学生証ができた。これが一年間有効らしいから、一年以内にフランスに来たら、いまより多少安く授業受けられる。
きっと今度は1週間で100ユーロしないのだろう。
また次回チャレンジすることとする。

テストの後は、通常授業で、冬のお祭りについて。
日本韓国中国がクラスメートに多いから、文化の違いは多少だが、そんな話をフランス語でそれぞれの国の人から聞くのもある意味興味深いシチュエーションだ。

実質四日間の短期留学が終了。耳ならしにはとてもよい環境だったと思う。とても街中でこんなに会話したり、聞いたりすることはないから
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2006/09/29(金)
『飛び込みプチフランス留学四日目』
だんだんと慣れてくるにしたがって、恐怖心も芽生えてくる。
わかっていたつもりが、わかっていなかったりすると、なぜなぜの堂々巡りが始まる。
わからないということが恐怖心につながる。

明日試験とかが理由なのか?先生の話すスピードがめちゃくちゃ速い。
質問している暇もないほどのペース。
聞き取りは大変だった。

今日からは、新しく中国の女性が加わった。

明日は試験。復習もせずにチャレンジ。
2006/09/28(木)
『飛び込みプチフランス留学三日目』
昨日のメンバーから二人増えた。
たぶんお休みだったのだろう。

この増えた台湾の女性はだいぶできる。

そのせいかどうか、授業の進みも何となく速いような・・・。
先生の話す口調も、ちょっとはやめだったような・・・。

昨日に比べたら先生の言うことが聞き取れないが、こちらから少々質問できる余裕もできた。クラスのメンバーとの少々の会話も成立。

使っている教科書がTAXIだから、毎日一つずづ新しい文法が現れるといった感じだ。

ダイエット話で、それぞれのお国が、自分の国はダイエットがはやっていることを一生懸命強調していたのが、ちょっと気押される感じ。まあ、女性にとっては大事なことなのだろうが、国ベースで考えること自体はあまりよくわからない。どの国も誤差の範囲だと思うが・・・。
そんなことフランス語でもいえなければ、言えたとしてもいえないな。
けんか売ることになっちゃうし・・・。

この話の盛り上がりのせいかどうか、授業延長、宿題なし。午後はお気楽。
2006/09/27(水)
『飛び込みプチフランス留学二日目』
二日目からようやく授業に合流。
日本人はクラスの半分。他、韓国人と中国人。
兄弟が集まっている感じだ。
日本人同士も授業中に日本語を話すことはほぼない。
自己紹介は、あまりの途中参加だからか?事業が遅れているからか?そんなにはしなかった。授業と中で、何人だっけ?と先生から聞かれたが。

私の場合、ある日本人とはフランス語のみの会話になってしまった。
もちろん後中国人の方もいたからだが。

2時間で実質終了。他、レベル関係なしの授業が一時間あるそうだが、今回はそれはパス。

2時間で5分だけ休憩があった。クラスは全部で8名。程よい。

円座になって、ペンを投げ、受け取った人が、活用を言わなくてはならないなどという、ゲームっぽいのもあった。

宿題も出た。やるしかないですな。明日までに。
2006/09/26(火)
『飛び込みプチフランス留学初日』
フランスの到着してから、フランス語学校を探す。
朝到着して、その日のうちに入学しようというのだから、ハードなスケジュールである。

メトロ6号線のモトピケまででて、お目当ての学校へ行ってみると、建物そのもの改装中で、中で聞いても、学校の存在や移転はわからずじまい。

結局、またそこから別の学校へスーツケースとともに移動することになった。

オペラ座近くの学校へぐるぐる回ってたどり着くと、どうやら、一週間の短期で申し込めそう。

筆記テストは面倒なところは一切書かず提出し、オーラルは先生と適当な簡単な会話で終始。これが普通であろう。

短期の場合、学校にもよるのだろうが、100から300が一週間の相場だろう。私の場合は110ユーロだった。

初日は授業に出られなかったから、週末きて申し込めたらよかったのかもしれない。
2006/09/25(月)
『洗車する理由』
先週末、駅前のパン屋さんに車で行き、10分位駅のロータリーに車を留め、戻っている途中・・・
栗ちゃんの車を誰かが見てるよ!の母の一言聞いて、一人でダシュ
私の車を2人の笑わぬおじさん達がチェックしていた。
例の駐車監視員の2人組だ!

おじさんが私に気がついてこっちを見ている。
目はそらすまい。そらしたらおじさんの指が動いてしまう。
車に着いて、笑わぬおじさんに「すぐどきます。すみませーん。」と言って直ぐにエンジンをかけ、
一人ハアハアゼイゼイしながらその場を脱出した。
間一髪でセーフだったので良かったけれど、私のゴールドカードにキズがつくところだった。

それにしても、私達はパン屋でのんびり過ごし過ぎたのだ。
試食したり、レジのお姉さんと「パンの耳って美味しいよね」なんて会話を楽しんでる間に、あの笑わぬ2人組みは地下から湧いてきたみたいに静かに現れた。

帰りの車内で、母に「汚い車で駐車禁止の写真撮られるより、せめてきれいな状態で捕まった方が良いよね?」って言われた。
捕まらないほうがいいにきまっているのに・・・
「ハイハイわかりました。」と言っておいたが、なんかしっくりこない会話だった。

実際私の車は、人様に見つめられると恥かしい!くらい汚れている。
洗車機では落ちない頑固なコケみたいなものが張り付いていて、お得意の歯ブラシでこすらないといけないな~なんて思っていたのだが・・・いつもいつも後回しになっていた。

駐車禁止で捕まるつもりはないが、今週末に洗車しようと思う。
2006/09/22(金)
『電車の乗り方』
職場の飲み会で、隣の県に住む男性が、都内の電車に乗ったときのエピソードを話してくれた。
ラッシュの時間帯に整列乗車をして電車に乗り込むときに、常連さんは一斉に体の向きを、今乗ってきたドアの方に変えながら乗り込むことを知らずに、アレヨアレヨのうち、はじめから乗っていた人と向かい合わせになってしまったとのこと。

私鉄、JR、地方により、電車の乗り方に違いがある事は知っているが、その男性も、向かい合わせになってしまった人も、お気の毒様!としか言いようがない。

以前、関西地方に行った時、エスカレーターに乗っていたら、後ろから「ウッ、ウッ・・」と咳払いをされ、振り返るとサラリーマンの人にすごい目で睨まれたことがある。
関東と関西とでは、エスカレーターの立ち止まる位置が逆なのを知らず、嫌な思いをした。

ここ関東でもエスカレータの片側が流れていない時がある。
その原因は大抵おばさんだたりするのだが、後ろにいる人は腕時計を気にしながらも無言で我慢。(関東らしい感じがする)

電車の乗り方!?・・・そんなこと、掲示板に書いてある訳でもなく、暗黙の常識?みたいなものが乗客の間にあって、JR(私鉄)の人も強制することができないから、素早く場の雰囲気を読むしかない。

毎朝、エスカレーターの右側が流れているかどうかで、会社の到着時間が変わったりするので、そろそろJR側でも掲示板に貼るなり、場内アナウンスでもしたらどうだろうか?
2006/09/21(木)
『秋』
もう9月も下旬です。
無常に時だけが、どんどん先に行ってしまう。
人生変えようかなー? 変わるかなー? と思い始めて、早3年。
結局、右往左往してみたけれど、私に変わるだけの、何か。充足したもの、
度胸、勇気、何かにめぐり合うだけの器、が、結果ないから、状況は昔のまま。
悪いことに、どうすることも出来ないあきらめ感。
人それぞれ持っている宿命。
そんなものの感覚が、私の中に住処を見つけてしまったようです。
私は、自分で自分にこれも一つの遅らばせながら、成長と結論付けました。
何かが、何かが、きっと、きっと、とあそこに顔を出し、こちらにも顔を出し、あんなことにまで手を伸ばし、足を突っ込み、あら、もしや私の入り口見えたか?なんて思った日もあったけれど、まぼろしでした。
出直しです。
私の中に新しく住み着いた感覚を持って、今の流れに抗わず、地に足を付け明日に向かおうかな、なんて思ってます。

知り合いは沢山出来ました。
宇宙に感謝したくなるような方たちとも知り合うことも出来ました。
まんざら私の人生捨てたものではありません。
2006/09/20(水)
『ランチ\2,200-也』
先週末、家族で近くの巨大ショッピングセンターに行きお昼ご飯を食べた。
以前行った時に目をつけておいた自然食バイキングのお店で、金額は1人¥2,200とランチにしてはかなり高め。
1年に1度くらい奮発してもよいかな?と思い、家族をご招待することにした。

お店に着くと、既に3家族が待っていたので、私達は列の最後につき、「グーグー」なるお腹をさすりながら椅子に座り楽しみに待っていた。

約10分後、中に入ってみると家族ずれがほとんどで、それも自分達も含め庶民が多いらしく、食べきれない量をお皿に盛って行ったりきたり。
その度に椅子を引きずる音が店内に響いていた。
キーキー(子供の泣き声)、ガチャン(ジュースをこぼした音)、ズーッズー(椅子の音)、ギャーッ(叱られた子供の声)・・・・
店内で会話をする時は、顔を近付けないとお互いの声が聞こえないぐらいやかましい。

外から見る限りでは、お店の天井は高くて、ゆったりとできるのだろうな!と思っていたのだが・・・・全く逆で人為的な圧迫感がそこら中にあった。
フロアーの広さに合わない座席の多さで、人と人がすれ違う場合どちらか一方が空いているスペースで待たなければ通れない。
不幸にも通路沿いに座っていた私の背後は避難場所の様になっていて、人のたたずむ気配を感じながらの食事となった。
ウ・・・・・落ち着いて食事ができないじゃないのヨー!

制限時間90分なのだが、黙々と食べ続けるはめになった私達は、30分で仕上げのコーヒーを飲んでいた。
食事は大変美味しかったのだが、値段の割りには満足感が得られない。
自然食を食べて体によい事をした!なんて思っても、精神的には健康は得られない場所だった。
2006/09/19(火)
『同類』
駅前のスーパーは、入り口に果物が、1個売りで山のように積み上げてあります。
葡萄のように箱に入っているのはまだ良いけれど、りんご、梨、まだ桃も出てるし、柿もそろそろ出てきました。
私は、野菜と果物は近くの顔見知りのところで安く買うから、あまり、ここでは買わないのだけれど、今日りんごが ゴットン! と落ちる所を見てしまいました。
実は、内緒の話しですが、私もそこから落としちゃったことがあるのです。
桃を。
特別私が間から抜き取ったのではなく、(今日は遅くなっちゃったから、高いけどここで買って帰ろ)っと思い桃に手を伸ばして触ろうとしたとき、触ってないのに伸ばした手の下から、自然にストンと落ちて、 ギャァ! 何気なく広い何気なく元に戻した、そのことが、ずーっと引っかかっていて、そこを通る度嫌な思いがよぎっていました。
ある日、私はレジに並んでいたとき、今度は梨が落ちていました。
そこを通る人は、気がつくのですが、見て見ぬ振り。
レジに並んでいたとは言え結局私も同類です。
そのとき3・4才の女の子がとことこって来て、拾ってママに見せていました。そのママはお店の人を指して、女の子に何か言い、女の子は、その梨を渡していました。
そして今日。
また、りんごが落ちるのを見ました。
りんごの前にいた女性は、手にりんごを持っていたから触りはしたのでしょう。拾った、それは、山状に、詰まれたところに戻してました。
また同類です。
私のことも入れて3回も目撃しているということは、由々しきことです。
今日は、約束の時間があったので、保留にしましたが、今週中に、必ず、お店の人に、この現状を話す!!と心に誓いました。
同じ同類でも、多少色濃い同類になるために・・・・
2006/09/15(金)
『今週の反省』
ここ最近のお昼は外で食べている。
近所にあるホテルのレストランでは、火曜日と木曜日はレディースデーで¥100-引きになるし、先着50名にはデザートが付くので今週は2回も行ってしまった。
火曜日は抹茶ゼリー、木曜日はチョコレートババロアだった。
行く度に残さず食べるので、お腹がはちきれんばかりに膨れあがり、事務服のウエストがきつくなる。
満腹感は夕方まで続き、引き出しに隠してあるお菓子が食べられないほどだ。
つい1週間前までゆるかったスカートは見事に丁度良くなり、食事の後は窮屈になったのだ。

夕飯は以前と変わらぬ量を食べているので、きっとお昼ご飯のせいだと思う。
1週間でこんなに変わるものなのなのか?

同じ職場の洋ナシ体型の男性に向かって、「痩せたほうが良いですよ!」と言っていた自分が恥かしくなった週末である。
2006/09/14(木)
『煙のわけ』
先週は私の部屋から2つの煙が立ち昇った。
1つは電球。
かれこれ3年は使っていたと思うのだが、電球が切れたのを忘れてスイッチを入れたときにボワッと煙がでた。
直ぐにスイッチを切り、週末に新しい電球に交換して灯りがついたのでまずは一安心。

そしてもう一つは、賞味期限が過ぎたトマトピューレの蓋を開けたときにでた怪しい煙。
日曜日のお昼にパスタを茹でて、玉ねぎニンジン、ナスを切り、茹で上がったパスタと一緒に炒め、味付けをすればハイ!出来上がり。という段階になって、例の煙騒ぎ勃発。
結局、私の昼ご飯は塩味のパスタに変更となった。

今までも使い切れない調味料が、賞味期限切れになることはあったが、煙が出たのは今回が始めて。
トマトピューレが冷蔵庫の中で発酵?・・・数ヶ月の間にジュクジュクと変化していたのだ。

これを機に、冷蔵庫の中をチェックしようと思ったら・・・・出てきました。
ドレッシング、オイスターソース、チューブに入ったしょうが、いつのか分からない納豆のタレとからし、鰹節のパック・・・
ついでに、元気のない白菜と、2週間前にもらったゴーヤ。

先週末は、それらをお腹に入れるなり、ゴミ箱に捨てるなり・・・冷蔵庫のおそうじをしたのだが、次回はいつ頃すれば良いのだろうか?
2006/09/13(水)
『手厳しい』
ランチを6人でしました。
そこに、33,4の若い彼女が一人加わって後はマァ 私含めて おばさん。
ある方のお嬢さんが、(32らしい)彼と結婚は決まっているらしいんだけれど新居を実家の近くに探しているんだって。
抽選の賃貸を探しているから、なかなか当たらずちっとも出てかない とぼやくの。(私には羨ましいぼやきに聞こえた)
そのお嬢さんの上に35くらいの長男も独身で家にいて、私の知り合いのその彼女は、長男と娘が家にいつまでもいて出てかないのよって会えばいつも愚痴ってるの。
今までは、聞き流していたけれど、お嬢さんに彼がいて結婚話も出てるとなると、今までの愚痴とは違って具体的じゃない。
それで 
「何時に帰ってきても、食事の用意が出来ていて、洗濯、掃除はしてくれる。あなたは、優しいから、耳障りなことは言わない。そりゃー長男もお嬢さんもなかなか出て行かないわよ。」

「一緒に住んでいればそれはやるでしょ? 話も食事のとき出来るし・・・」
それに返し私が(してやった!)ぐらいの勢いで話し出そうとしたとき、一緒に食事をしていた若い彼女が
「ユラサン 他人のこととなると筋が通っていて、手厳しいねー 自分のこととなると全然駄目なのに」  だって・・・・

痛い。おっしゃるとおり。
今私は自分と娘の間に大きな、大きな川が横たわっていて、何を言っていいのか悪いのか思考できない。
トホホ です。
2006/09/12(火)
『雲の上』
紀子さまが、男の(親王というらしい)赤ちゃんをお産みになられた。
私たちのような、所にまでいろいろな噂が入る。
報道で流れるだけで充分だと思うのにこんな庶民の私にまで、庶民の知り合いから、噂が入る。
ニュースでも流れない、ワイドショウでも言っていない、週刊誌にも出ていない内容が、何故私の耳にまで入るのだろう。

三面記事大好き、人の悪口大好き、噂話大好きな私だけれど、やはりあの方たちはどこの位置からも別格でしょう。やはり雲の上の方々なのだ。
雲の上の方々が、雲の下の私たちに歩み寄ろうとする事は美しい話なのだろうが、あくまでも一方通行なのだ。
逆はありえない。
そして噂が真実だろうが、悪意のあるでたらめであろうが、雲の下で立ち込めているだけだ。

以前知り合いが、(彼女は医者)皇后様をお見かけしたことがあるらしい。
その知り合いがそのときの様子を話してくれた話し方は悪意に満ちていた。
嫌だなとそのときも思った。

人間て醜い。
偽善者ぶってるつもりは無いが、こんな噂の流れが私の耳にまで入るということがとても嫌だ。

同じように感じてる人はきっといる。
2006/09/11(月)
『朝の出来事』
今日の朝、通勤途中のとある駅の階段下で、女性が倒れていた。
女性は階段下の、点字ブロックに左側の顔を付け、脚も手もくの字に曲げて動けない状態だった。
意識はあり、駅員さんとの会話が聞こえたのだが、誰かにぶつかって階段の途中から落ちてしまったらしい。
駅員さんは男性か、女性か?どんな服装だったか?を聞いていたが、ぶつかった相手は恐くなって逃げたのだろう。
その場にはそれらしい人はいなかった。
その駅には何本かの地下鉄が通っているし、駅の外にでればバスもある。
可哀そうだけど、「捕まる訳ないじゃない」と思った。

後から後から押し寄せる人の波は、彼女の荷物をまたぎながら通り過ぎるしかないのが現実。
朝からとても嫌な気持ちになった。
2006/09/08(金)
『ウエスト』
肥満度の目安とするBMI(体重÷身長(m)×身長(m))によると私は標準に属するのだが、ウエストだけは肥満で困っている。
ここ数年、ウエストを紐で結ぶズボンとか、ゴムのスカート(手作り)、ローウエストのスカートなどを穿いていたので、ウエストは自由奔放に育ってしまっていた。

今週の月曜日、これから職場で事務服を着ることになり、その試着をしたのだが、案の定スカートだけが一つ大きいサイズ。
デスクワークなので、ピッタリサイズのスカートだと、ウエスト部分が窮屈だし、スカートに皺ができてしまうので、総務の女の子にちょっとだけ大きめでお願いしたのだが、彼女も私のウエストの大きさに驚いて、「本当にそれでよいのですか?もう一つ下のサイズでも良いようにみえるのですが・・・」と何度も確認されてしまった。

でも、お昼ご飯を食べるとき、一時的に太くなるウエストを気にすることはしたくない。
私のお気に入りのパン屋さんで1個多めにパンを買ってしまっても、ゆるめのウエストであれば食べられる。
冬になったら、シャツの下にババシャツを着てもスカートの中にしまえる。
もしかしたらパンの食べすぎで太るかもしれない・・・
だから大きめで良いのです。

会社に好きな人がいて、今アタック中!という事がない限り、私はゆるめのスカートを穿いて、朝からグーグーなるお腹をさすりながら、今日のお昼は何にしよかな~・・・と考えるのがとても幸せ!だったりする。
2006/09/07(木)
『再認識』
10数人で飲んだ。そこには20代後半の若者から、群を抜いて離れている80代の男の方も居た。
その方は、飲むし食べるし話すし、聞かなければ80代には見えない。
1時間ぐらい過ぎた頃、その方が、 「人間はみな平等だという所にこの年になって行き着いたね」
と誰かと話している。
「人間は平等ですか? 私はとてもそんな境地になれそうにありませんよ」
と、低姿勢で愛嬌を乗っけて突っ込んでみた。
「いやいや、生れ落ちたときはみな平等なんだよ」
やはり、年の功に逆らってはいけない。
突っ込みはやめた。

80になっても、こんな能天気なことを言っているおじさんがいる。

つくづく思考上で再認識。
人は姿形が違うように、考え方も10人いたら10通りの考え方、100人いたら100通りの考え方、1000人いたら1000通りの考え方があるのだ。と。
この年になって、やっとそんな当たり前の壁にぶつかっている。
考え方の違う寄せ集めの中で、それでもどこか似たような匂いがしないかずーっと探してきたような気がする。

手塚虫冶の漫画を読んで寝る。
こんなすごい人も、七転八倒してたんだー。し続けて、早死にしちゃったなーなんて思いながら、きっと、80,90まで生きるかもの私は能天気の年寄りになるのだろう。





2006/09/06(水)
『怒り』
地元のスーパーで女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。
一人の店員を指差しこの人がこの人が・・・・・と言って地団駄踏んでいる。
かたわらに2歳位の子供を抱いた旦那さんがいる。
しかし旦那さんはとめる訳でもなくただそこにいるだけだった。
いつもなら、旦那さんにむけられる叫びなのではないだろうか?
それが終わるまで、どうにもならないことを良く知っていて、なるがままにしているようにも思う。
何に一体腹を立てているのか?聞きたいところだが、立ち止まって聞くわけにもいかず通り過ぎたが、精算が終わって、買い物かごの中身を袋に詰めているときもまだ話し声が聞こえた。

スーツを着た責任者らしい人が加わって、やっと話し合がついたようだが、あの女性は一体どんな人なのだろうか?

私が買える頃には和解?したようで、振り返ったその女性の顔はゴク普通に戻っていた。
今までの騒がしさとそのギャップに異常な感じを受けた。
ややノイローゼ気味?
気の毒だけどその異常さに気が付いているであろう旦那さん!何か手を打たないと、奥さんが大変なことになるかもしれない。

店員さんに向けられた怒りは何なのか?
言われっぱなしでキョトンとした店員さんの、何も言わぬ顔が思い出される。
2006/09/05(火)
『だらだら』
1日家でだらだらしていると、(なんて駄目人間なんだ・・・・)と苛まれる。
体調が悪くてもだ。
友人は、 何も入っていない日がな1日、お昼寝できたり、テレビ昼間から見たりできたら、幸せって感じるそうだ。
この違いはなんなのだろうか。

きっと自分の為に時間が上手に使えないのだ。
誰と会うにしても、何かを引き受けるにしても24時間、365日全て自分の為に誰かと会っているし、どこかに行くし、出来ることは引き受けるし、眠るし、食べるし、着るし・・・・
すべて自分のために使っているのに、それでもなお、自分の為の時間が使えないと思ってしまう。

ここ2日、やることもやらず、午前中は眠って、午後も眠って、夜も眠ってあっという間に時間が過ぎた。
携帯に、何件か伝言が入っている。
メールも返信しなければ。
あした。あした。
あしたは、弛んだ体と、ゆるゆるゆれる精神をピシッと建て直し動くぞ!
2006/09/04(月)
『豊胸手術』
何年前かわからないが、「だっちゅうの!」と言いながら胸の谷間をつくって、ポーズをとる2人組の女の子たちがいた。
それに叶姉妹。グラビアの女性。
胸の谷間は女性のあこがれ?

女性が高いお金を払ってまでも豊胸手術をするのはおっぱい星人の男性のためなのだろうか?
夏になると、若い女性達の多くは「キャミソール」を着る。
露出度が増したせいで、寄せて上げる下着だけでは満足できなくなってしまったのだろう。

以前は、美顔、痩身、脱毛、マッサージが目についた無料のフリーペーパーは「豊胸手術キャンペーン中!」というのが目立つようになったと思う。
私から見て「あなたはそれで充分」という知り合いも、フリーペーパーをもらってきては折り目をつけていた。
Eカップ、Fカップ・・・あんまり大きすぎるのもどうかな?
可愛い下着は売ってないし、階段を降りるときに必要以上に揺れるし、胸の下にあせもができるし・・・・
不安定なのでキャミソールなんか着れない。

豊胸手術に6、70万をかけるのだったら・・・・違うものを買う、食べる、学ぶ、旅行に行く、恵まれない子に寄付する・・・?
おっぱい星人を喜ばしても、自分のためにはならないぞ!!
2006/09/01(金)
『セミのぬけがら』
近所の図書館にあった「本の雑誌」6月号の特集で「うれし恥かしひみつの一冊!」というのがあった。
パラパラ・・・と見てみると恥かしい!方の話しで片岡義男の本を挙げている人がいて、「脱皮直後を見られたセミのような気恥ずかしさ」と表現されていた。

何を隠そう、実は私、片岡義男の大ファンでした(つい言い訳してしまいましたが、過去形です)。
文庫はほとんど持っています。角川文庫の場合、背表紙が赤なので、私の本棚の一部は真っ赤赤・・・
もうそろそろ処分しようかな?と思っていたのですが、古本屋さんに持っていくのもちょっと恥かしい気がして見てみぬ振りをしていた。

何でそんなにはまってしまっていたか、それは、当時お付き合いをしていた人が、片岡義男のファンだったから。
小説の内容も大人な感じがしたし、クールでドライな登場人物に憧れさえいだいていた。
また、登場人物はバイクに乗っている人が多く、「幸せの白いTシャツ」「湾岸道路」「彼のオートバイ、彼女の島」etc勢いで私も二輪の免許をとってみた。
でも、形だけ。
一時期250CCのバイクを所有していたけれど、あまりにも乗らないし、お手入れもしなかったので錆びた鉄の不要物と化し、家族のひんしゅくをかっていた。
バイクに限らす、目的の物が手に入ると熱がさめてしまい、あとはほったらかしで、もうそろそろ良いかな?という時期がきたらこっそり捨てる。

片岡義男の本も同じ運命だった。
自分とは全く違う空想の世界に住む人に憧れを抱かなくなった時、真っ赤赤・・・な本が邪魔くさくなってしまった。

片岡義男の世界は何年も前に通過し、今はずーっと後ろの見えないところに消えてしまった。
私にとっては「脱皮したあとのセミのぬけがら」にあたる。