2006/11/30(木)
『見栄を張ってます』
職場でも、通勤電車の中でも、ゴホンゴホン・・・いたるところで咳をしている人がいる。

私も10日くらい前から風邪気味で、喉の痛みと鼻水が遠慮なくでるのため、風邪薬を飲み続けた結果、2瓶も飲んでしまった。
これが、お酒を2瓶飲んでしまった!に代わると随分いけるくちですね!になるのだが、風邪薬だと情けない感じがする。

職場ではつい最近まで半袖のブラウスを着て、私は元気です!アピールをしていたのに、私も人並みなんだな~っと改めて思った。
朝晩の寒さは体に効きます。
ババシャツを着ていこうか?もう少し先にのばそうか?
更衣室でラクダ色のシャツを見られたら、天野さんもやっぱり年には勝てないわねぇ~ってことになるといけないと思って、白いTシャツを着ています。
こんなところに見栄を張って・・・・淋しい。
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2006/11/29(水)
『ドイツ』
仲良しご夫婦の奥様が亡くなられた、衝撃は当分消えない。
女としての幸せを、家庭生活で得られないということは、男だって、男としての幸せを得られていないということだ。
そういう関係は、行って返ってくるものだろう。
それぞれの個性と価値観をお互い尊重し認め合える関係。
そんな関係と言うのは努力の賜物なのだろうか?
相手を認める。ということは努力なのだろうか?
もって生まれたものなのだろうか? 
知性なのだろうか?
男と女が家庭を持つ。いずれは、その世界に多分入っていく私の娘。 
結婚を、いいえ自分以外の他人と生活し新しい家族を作っていくであろう未来あるあなたや、あなたや、そしてあなた達。
そんなあなたたちに何かものさしを示すことが出来たらどんなにいいだろう。
努力、努力、努力。その結果に得られる幸せ感なのかも知れない。
あなた達が、お互い努力の出来る彼や、彼女にめぐり合うことを願う。
こればかりは、片方の努力ではなかなか至難な一大事だと未熟な私は思うから。

明日からドイツです。 うぅ~~ん  楽しみ!! 
2006/11/28(火)
『母の愛情表現』
私の母の趣味はカラオケ。
毎週のように昼間のスナックに行き、給食のおばさん時代の友達や、またその友達と歌を歌っている。
体が動く時にドンドン外に出ておこうと思って!と楽しそうに話していた。
先週の日曜日も、いそいそと昼間のスナックへ行き、充分満喫したらしく、夕方家に戻った時もその余韻を残していた。
そこに、我が家のアイドル猫が登場。
数時間ぶりの猫との再開が嬉しかったらしく、ミョーな猫語で一方的に話しかけ、猫も何となく照れた様子で甘い声を出している。
この1人と1匹の関係はどうなっているのだろうか?
猫を飼い始めた時、「私はお世話はしないから、自分達でしっかり面倒をみるんだよ!」と言っていたはず。
それが今では、毛づくろいや、猫の布団の洗濯、寒いとかわいそうだからと言って冬には湯たんぽまで用意している。

「なにが、面倒見ないからねだよ!」と思いながら1人と1匹の会話?を聞いていたら、「ウホッウホッウホッ・・・・」とオラウータンの叫び声に似た奇妙な声が聞こえてきた。
声の主は母。
猫が可愛くて可愛くて、愛情あまってあんな声を出してしまったのだろうが、それを聞いた私は声を出さずに笑うのに苦労してしまった。

その時私は、我が家の猫は幸せ猫であると確信したのでした。
2006/11/27(月)
『神様の焼きもち』
急な不幸があり、先週札幌に行ってきました。
20年以上のお付き合いをさせていただいたご夫婦の奥様が亡くなりました。
ご主人はドクターでとても人徳のある方です
奥様はいつもご主人の健康のことにだけ専念していられるように見えました。
お子様はいらっしゃらなくていつもご夫婦単位で行動していられた。
8月の初旬に話したばかりでした。そのとき「癌だったの! でも発見早くって本当に良かった! 主人1人心配で置いてけ無いもの 癌て判ったら主人が泣いているんだもん、ヤになっちゃうわ」
その元気あふれる電話からまだ、4ヶ月も経っていない。 
まだ、65歳です。
とてもチャーミングな65歳です。 女として先生から愛され、女として先生を愛しそして、その事実が彼女をより魅力的にしていました。
仲良し夫婦は神様が焼きもちを焼くのでしょうか?
美しい彼女の写真が祭壇に飾られ、現実の中に置いてきぼりをくってしまった先生の落ち込みようとのギャップに言葉がありませんでした。

女として本当に幸せだった。と先生に最後の言葉を残されたそうです。
お2人ともどんなに、どんなに心残りだったことでしょう。その思いを思うと今でも胸が熱くなります。

でも、羨ましい。心が、ヒリヒリするほど羨ましい。
私は私の道を歩くしかない。そんな思いが強くなればなるほど、自分が透明かしてくる。
先が見えないからかな。
奥様のご冥福と、先生のご健康を心から願う。
2006/11/24(金)
『健康診断って・・・』
今週の月曜日の健康診断の痕がいまだに体に残っている。
採血しているとき、これは筋肉注射か?と思うぐらい腕が痛くて、眉間に皺を寄せながら早く終わるように神様にお願いをしていた。
注射針を抜いたあと、「揉まずに圧力をかけてください。」と看護婦さんに言われたが、触る気にもなれなかった。
あれから5日もたったのに、青あざが残っているし押すとまだ痛む。

今回の健康診断で痛かったものパートⅡ。それはマンモグラム。
乳がん検診で、透明の板に乳房を上下左右挟んで写真を撮るのだが、私の場合、挟まれる痛さより、機械の端っこが腕の付け根の辺りにぶつかっていたため、その痛さのほうが気になった。
検査員が胃の検査の人(11/20のブログに書かせてもらった情熱的な人)で、相変わらず早口でまくし立てる感じなのだが、透明の板に乳房を挟む時の「ハイ、ちょっとつまみます」と言う台詞?も嫌だった。
”つまむ”より”触ります”とか、”失礼します”とか、他に言いようがあると思うのだけど・・・
それを4回(上下左右×2)聞くことになるのだが、その度に「私の胸は、タクワンと同じかよ」と心の中で思っていた。

そして痛かったものパートⅢ。それはバリウムを飲んだ後の下剤が効かず、当日の夜と翌日も下剤を飲み続けた結果のお腹の痛み。
22日の仕事が終わる10分くらい前からお腹が痛くなりはじめ、そろそろかな?っと思ってトイレに行ってやっとの思いで排出できたものの、中々流れてくれず流れるまでペダルを押し続ける羽目になった。(心の痛み)
職場のトイレでは落ち着いてできないので、お腹の痛みをこらえながら、急いで自宅にもどり、全て排出するべくトイレにこもっていた。

健康診断ってこんなに大変だったっけ?
来年は心の準備だけはしっかりできそうな気がする。
2006/11/22(水)
『商店街の八百屋さん』
最近、近所の商店街の八百屋さんで買い物することが多くなった。
夜遅くまで営業しているし、スーパーよりも安いし、そこのおじさんとおばさんがとても気のよさそうな人だから。

「いらっしゃい!何にしましょう?」とニコニコ顔のおじさん。
「今日はナスとにんじんをもらっていきます。」
「キャベツはいらない?」
「キャベツはまだ半分あるから・・・」
「じゃぁ、使い切るまで買わないほうがいいね」と、店の奥から出てきたおばさんが私に言った。
その間、おじさんはニコニコ顔のままうなずいている。
何だか、キャベツも買いたくなっちゃたが、腐らすのもいやなのでそのかわりしめじを買うことにした。
お会計を済ませ「キャベツがなくなったら又くるね!」と心の中で言いながらお店からでようとすると、小さくて可愛らしいおじさんとおばさんが、こっちを見て「ありがとうございました」というので、私もつい「ありがとうございました」と言ってしまった。
なんとも言えず暖かい気持ちになる。

今地元の駅前はパルコを建設中なのだが、地下に食品街ができたら、近所の商店街は大きな打撃をうけるのだろうな。
それを考えると心配になる。
私はあのおじさんとおばさんがいる限り、野菜は商店街の八百屋さんで買います。
さっき、そう思いました。

追伸:連日お騒がせしておりますバリウムですが、本日体内から流出しました。
とても難産でしたが、それよりもその後の方が大変でした。中々流れてくれないのです。
トイレ滞在時間20分。最後の最後までバリウムには泣かされました。
2006/11/21(火)
『バリウム滞在中』
昨日飲んだバリウムが私の体内からまだでてきません。
バリウムは、早く出さないと体内で固まってしまうので、辛い思いをするという話をよく耳にするし、実際に私の母がひどい目にあっているので、気分的にあせってはいるものの下剤の効果があらわれません。
こんな話をブログに載せるなんて!っと思うでしょうが、仕事中もずーっと気になっていました。
人に話す訳にもいかず、いまも一人でため息をついています。
一体どうなっているのでしょうか?

今日は、朝一番でコップ1杯の冷たい水を飲み干し、下腹部をノの字にマッサージまでしたのですが・・・
明日は、朝一番でコップ2杯の冷たい水を飲むことにします。
2006/11/20(月)
『バリウムへの情熱』
今日の午前中、健康診断をしてました。
身長、体重、視力、聴力、検尿、血液検査、心電図・・・・一通りの事が終わって、最後に大イベントのバリウム。誰もが苦手な胃の検査。

前日の夜9時から何も食べておらず、空腹状態だったせいもあり、無理なくバリウムを飲むことができたのだが、グルグル体を回転させ、頭が下になったり、上になったりで気分が悪くなってきてしまった。
それに、検査員の人があまりにも早口で「ハイ、バリウムのコップの方を向いてください。こっちを向いてください。体を少し正面にしてください。ハイ・・・・、ハイ・・・・、ハイ・・・・。」
と言うもんだから、あせって起き上がったり、間違った方に回りそうになってしまった。
もたついたり、間違えそうになると検査員の人は、ひときわ大きな声になる。
体を動かすことに集中しすぎてゲップをしてしまったら、どうすんのよ!もうバリウムは飲めませんから。と言いたいところだったが、大人なのでグッとこらえ言われるままに回り続けた。

格闘のすえやっと検査が終わると、検査員の人が「口の周りにバリウムがついてますから、おとして下さい。アッ鼻の頭にもついてますよ!ちゃんとおとしてから外にでてくださいネ!」
と普通の人間に戻っていた。
検査中はガミガミうるさいおじさんとしか思えなかったが、胃の検査に対して非常に情熱的な人だった。
2006/11/17(金)
『迷彩色』
今週の火曜日、携帯の機種変更をした。
私が携帯電話に望むことは、①国際電話が出来ること。②音楽が聴けること。③今まで使っていた機種よりも軽いこと。

事前にカタログを入手していたので消去法により機種は決めていたのだが、私の望む電話機は、黒と薄いピンクと迷彩色の3種類しかなく、そのうちのピンクは既に知り合いが使っているので、黒か迷彩色のどちらかにするしかなかった。

黒か迷彩色・・・・どちらもきわどいが、以前、美和明宏さんが”黒は死神の色なのよ”と言っていたので、これまた消去法により迷彩色にすることにした。

火曜日のPM6:15、新宿のヨドバシカメラに行き機種変更の手続きをし、3時間後遂に新しい電話機をゲット。
心待ちにしていた訳ではないので、喜びはほとんどない。
それよりも、新しい電話機の分厚い説明書を読まなくてはならないことを思うとどっと疲れがでてくる。
同じ機種を持つ知人に着信音と、時間の設定だけはしてもらった。
ためしにメールを打ってみたが、それも知人に操作してもらい、私は横でみていた。
携帯なんてどれも同じだろうから週末覚えよう!っと思い、説明書は箱に入ったまま開きもせずにしまっておいた。

翌日、職場の人に新しい携帯電話のことを聞かれたのでとり合えず見てもらったが、ニブイ反応。
多分、迷彩色にやられたのだと思う。
迷彩色は倖田來未が持つのはOK。
私もいい年したお姉さんが持つ電話機ではないと思う。
皆の反応は正しい。

そして昨日、仕事中にメールをもらっていたので、3時のちょっと一息タイムに返信しようと思ったのだが・・・・返信の仕方がわからない。
メールがだめなら、直接電話をしてしまえ!っと思ったのだが、アドレス帳の見方がわからない。
情けない話だが、メールも電話も受信しかできないのだ。

携帯は最新式なのに人間は旧人類。おまけに迷彩色。
何とも言えない組み合わせだ。
2006/11/16(木)
『紫式部?』
風も無く、暑くも寒くも無いこんな天気の良い日、地元の知り合いとの待ち合わせ場所に、散歩がてらゆっくり歩く。
それぞれの猫の額より狭いおうちの庭には、秋の花が所狭しと咲いている。
大きなおうちは、塀が高くお庭が見えない。
塀の中の広い庭には色とりどりの花が一杯咲いているのだろうけど、よそ者には見せてくれない。
いろんなものがあるって言うことはそう云う事か・・・なんておかしな事考えながら歩いている。

ピンクがかった紫の、可愛い花が道路の方に咲き誇っている。
確か去年も見て、丁度通りかかったとき、おうちの方が出ていて、花の名前を聞いたのだった。
紫式部?だったか、古典の中で聞いたことのある名前だった。
紫式部って花名は確かあるんだけれど、でも、この花がそうだったのか、覚えていない。
もう!忘れんぼ!とおもいながら、・・・・妙案。
それぞれの家が他人の目にも見えるところの植物には名前を付けてくれたら、いいんだ!
それを国で、強制ではなく、奨励する。いや、そんなのオーバーすぎるね。
阿部首相が、小池百合子でも、石原都知事でも、誰かがマスコミで言ったらきっと植物の横に名札をつけてくれるおうちはきっと一杯出てくる。
歩きながら気になったら近寄って花の名前を確認する。
私だって2.3回見れば、一年経ってもきっと覚えている?と思う?
嫌なおうちはやらなければいいんだから。

私だったら、名札付ける?  あれ?やらないかも・・・
最低だ。
2006/11/15(水)
『天気予報』
今日の夕方の雨は天気予報士の人も予想ができなかったようだ。
お陰様で帰り道は雨にうたれる事になってしまったではないですか。プンプン。

夕方6時に都内の会社を出たときは、そんな気配は微塵も感じなかったのだが、2番目の電車に乗り換えた時には雨が降っていた。
満員電車の中、途中から男子高校生等が乗り込んできて友達の噂話をしていたので、最近の学生がどんな事に興味を持っているのか?何の気なしに聞いていたら、「オイ、外が光ってるぜ。マジかよ~雷じゃないか?」だって!
すぐに外を見てみたら・・・雷です。
それも見事な雷です。私も「マジかよ~」

地元に近づく度にその光と音は大きくなり、3番目の電車のホームでは、風と、雨と、雷の音と、人身事故で込み合うホームにうんざりしてしまった。

地元の駅に着くと、駅前のタクシー乗り場は行列ができていた。
私はその列を横目に、ロングスカートのウエスト部分をクルクル巻いて膝丈ぐらいにし、今日職場で着ていたブラウス(洗濯行き)をバックから引っ張り出し、それをスーパーマンのマントのように肩にかけ、一気にダッシュした。

朝の天気予報は信じられないので、帰る前に職場のパソコンでチェックした方がよいかもしれない。
そうそう女を捨てたカッコは出来ませんので・・・
2006/11/14(火)
『わすれもの』
これこれはこうすべきだ!
これこれはこうするしかないね!
と、喫茶店でのたまって、
これこれは大事だから、なくさないように!
と、偉そうに人に念を押す。

そして、自分の大事な荷物は喫茶店に置き忘れて帰ってゆく。

今日、自分の持っていた荷物は、デイパック一つ。
それを喫茶店においてくるわけだから、帰りは手ぶらであったわけである。
30分気がつかない。

30分後。
あぁ、胃が痛い。そういえば胃薬どうしたっけ?
あれ!?
かばん?どうしたっけ?あっ喫茶店だ。

あった、あったよかった。

お釣りを気にして、買った本を本屋のレジへ置いてゆく。
両手に荷物が多いから、電車のつり革に捕まっている間に間違って人の上に落としてはいけないなと思って網棚にのせてそのまま忘れてゆく。

人から、完ぺき主義者かのように言われることも多いが、実際かなりずぼらである。というか、あほである。

とうとうと人に物言う姿と、物を忘れて帰ってしまう絵ずらのギャップは滑稽。自分からするとかなりまぬけであわれな絵である。
2006/11/13(月)
『学校給食』
現在、学校の給食費を払わない家庭が約2割あると、週末のテレビで言っていた。
理由は義務教育だからとか、まずい給食にはお金を払えないとか、家電を買ってしまったので持ち合わせがないというものだった。

私の母は、元給食のおばさん。
母から職場の話を聞かされており、職場の厳しさを知っていたのでショックだった。
管理栄養士が考えたバランスのとれた献立に、きちんと衛生管理された環境の中で、異物混入や、配合や数を間違えないように神経を使い、キャベツの葉を何回も何回も洗っい汗だくになってつくられた学校給食なのに・・・

そもそも、学校はお教育を受けるところであって、食事をするところではないはず。
自分の子供が食べた食事代はきちんと払うべきではないか?
義務教育に食費が含まれているという考え方は、子供がいない家庭にとっては不公平。
そんな親の態度を子供に見せていてながら、学校のことを批判する親は、まず自分の家庭での教育をどうにかしてほしいと思った。

話は違うが、学校給食にでたあげパン(ココア)は美味しかったよね!
昔、私の母が自宅で作ってくれたのだけど、ココアと砂糖の分量は1:1で、コッペパンは2度揚げするとまわりがパリパリして美味しくなります。
2006/11/10(金)
『更衣室パニック』
職場には女性が11名いて、朝の更衣室は時間帯によって大混雑する。
もともと2畳ぐらいしかない場所なのに、ロッカーや使っているのを見たことがない掃除機や折りたたみ式の椅子が置いてあって、かなり狭い。
そんな中で、ブラウスを着たり、スカートやハイソックスをはいたりするのは至難のわざである。
私は始業時間の20分位前に職場に着くのだが、コンビニに寄った朝に大変な思いをすることに・・・・

その日、前がVの字になった綿のブラウスを着ていったのだが、ボタンがついていないので脱ぐときは、頭からしっかり脱がないとならなかった。
誰もいない更衣室であれば、何にも気にすることはないのだが、着いた時には既に人がいて、私の後にもどんどん人が入ってきた。
そこでは、大胆に下着姿になる人はほとんどおらず、チラリズムの中で着替えるのが皆の習慣となっている。
周りにいるのは10歳以上も下の若いピチピチした女の子達。
老体をさらけ出すのが恥かしい・・・・
でも、早くしないとどんどん脱げなくなっちゃうと思って混雑した更衣室で思いきったのだが・・・頭がでない。
その間私は、頭だけかくれた状態で、上半身はブラのみ。
ヤバイ!と思ってブラウスを引っ張ってどうにか脱ぐことができたのだが、ブラウスの首周りにはナチュラルメイクの大事な私のファンデーションが付いてしまった。

トホホ・・・朝から嫌な汗をかいてしまったのであった。
2006/11/09(木)
『コーヒークラブ』
私は職場でコーヒークラブに入っている。
このコーヒークラブでは、おいしいコーヒーを飲みたい人が集まって毎月1000円を出し合い、コーヒー豆とお水を買っている。
最近移転があり人数も増え、12杯用のコーヒーメーカーを自宅からもってきてくれたり、コーヒー用のミルをポケットマネーで購入してくれたり・・・何となく本格化してきつつある。

シーンと静まりかえったフロアーで、コーヒー豆を挽くのは最初勇気がいったが段々と図々しくなり、今では知らんぷり。
かぐわしい匂いは職場にいきわたり、そして会話が始まる。

「今日のコーヒーは濃すぎじゃない?」 「私は薄いのは嫌い」
「男の好みもそうですか?」
「あなたのカップは大きすぎる」 「一人で2人分は飲んでるな!」
「砂糖を入れすぎだよ」 「メタボリック症候群になるよ」
「このチョイ残しは誰!」 「まだ1杯分はあるんじゃないかな?」
「コーヒーの配合を忘れるのは脳の老化です」
「あっ・・・こぼしちゃった」 「3秒ルールで入れちゃえ」

一人が何かを言うと他の人がその話に加わって各々言いたいことを言いあっている。
愉快なコーヒークラブであった。
2006/11/08(水)
『師』
心の師が月曜日、今度の集まりには出席できそうだと お電話をくださいました。
すぐに連絡網です。
結果全員の出席です。(なのに、私は本を忘れてしまった・・バカ・・・)
私はA4を1/4にした大きさのノートをいつも持ち歩きとにかく書き留めているのだが、今日は10Pも書きました、A4にしたら2枚半です。
久しぶりの先生の言葉を書き留められ嬉しくてしかたありません。
少し抜粋。
「私は信仰心が無いから、宗教に関して体験的な話ができない。
 宗教関係の話をする、勉強をするという事と、信じるという事はズレがあるんです。自分が信じた事が無いから宗教は語れないんです。
でも、これは言える。ドグマ(宗教的な言葉で独断的)に落ちちゃいけな い。それはとても怖いこと。でも、人間は弱い生き物。助けて欲しい、何と かして欲しいという感情が出てくる生き物。助けて欲しいと言った時に
・・・・しかし、そこの所で・・・そこから先が言葉にならない。こんな時 に、宗教の世界、精神の世界、科学の世界が合致して何かが変わることがあ る。そこのところははっきり証明されていないんです。
 環境が変わる、人間関係が変わる、薬があるそういうことが起こってくるん だなぁー」

「先生 それは意識化して前に出すことを言われているのか、気がついたとき 結果なのか?」

「そういう所は、主観と客観が入り混じっているんです。自分が変わって環境 が変わって見えたのかもしれないし」

とまぁこんな感じで続きました。
今日は先生は自分のことも含め一杯お話しされた。
時間の最後頃、
「人間は得たいが知れないから面白い。2回も癌をやり、生物学的に長生きは出来ない。でも、本を読みたいしてれびも見たい意識が起きる。私はそういうのは、得体の知れない中にあるポジティブさだと思います。
ポジティブもネガティブも必ず両方持っている。私はこの頃思うんだが、それが必ず一緒に出てくる。そこで葛藤する。争いの無い私はありません。」

濃密な時間です。感謝します。
2006/11/07(火)
『ヒリヒリ』
私の日々は自分でいうのも何なのだけれど、とても充実している。
生産性のあることは何も出来ていない。
お金を消費しているだけではある。
でも、日々の人との関係性においてすごく良い信頼関係が結べている。
表面的な話も表面的な会話にならない。
月曜から金曜まで、それぞれ違う場所に行きそれぞれの人間関係がある中で、そこでの自分の立ち位置を見つけ私は、自分を解放できる。
なんて人との出会いに恵まれているのだろう、と何かに常に感謝の気持ちである。(以前、友人はうるさーい! 見たいな事書いたことを忘れているわけではない。それも真実。これも真実。)
他人が心を開く瞬間がわかる。
そうすると、それに答えようとしている自分がいる。
良い振りこきなのかな。
充実してるけれど、日々感謝しているけれど、疲れる これも真実。
今日はここへ顔を出し、明日はあそこに顔を出し、自分を解放させながら、期待に答えようとする自分。 疲れる。
月曜から金曜までは、とにかく楽しく必死に過ごす。
せめて休みは家事全般をし、溜まっている事をやらねばと、家にいるが、夜ベッドに入ると孤独感でヒリヒリと居たたまれなくなる。

結局充実感も、孤独感も私にとってはヒリヒリ感なのだ。
面倒くさいやっちゃなー・・・・
2006/11/06(月)
『もう年末?』
早い事に、もう年賀状も売りだされているし、来年の手帳も売ってたし、お歳暮のカタログがスーパーにおいてあったし、本屋には細木和子の来年の占いがドーンと置いてあったし・・・来年の事を考える時期になりました。

もう年末か!
その前に今年の反省をしないといけないかな?

①体型維持→×
②フランス語の勉強→×
③貯金→×
④仕事→△
⑤親孝行→○

何か毎年同じ様なことを言い続け、年ばかり重ねている気がする。
学生時代の友人と会っても皆、変わり映えしない。
「何か良いことないかな?」っと言うときのいい事とは、「お金」絡みか「男」絡みの話で、そんなのもう20年近く言い続けている。
もっと何とかならないものだろうか?と、思ったころにはほろ酔いで、「じゃーコーヒーでも飲もうか!」と喫茶店に行き、現実に戻ると酔いがスーッと消えて明日の事を考え「早く寝よう!」で一日が終わる。

来年の今頃もきっと同じ事を思うのであろう。
2006/11/02(木)
『眼光』
師と仰ぐ先生が、抗癌剤治療をされている。
夏休みが終わり、先生が出席されたのは数えるほどだ。
数えるほどのその日も、青白い顔をされて、声に覇気が無くても、身体はきっとしんどいのでしょうが可能な限り出席してくださっている。
最初の一時間は、ありがたいなー と、大丈夫なのかなー と、無理しなくてもいいのに と、みんな口にこそ出さないが、多分考えていることは同じだと思う。
わたしを含めここにいる仲間は、この貴重な時間を本当に大事に使っている。
最初の頃は通り一辺倒のことしか言わなかった彼女も、自分の感じていること、理解できないこと、自分の誤魔化し等々、素直に語っている。
素直な話は、たとえ内容が何であれ私の心に届く。
どこかに嘘が入ると、先生は返事をされない。
違った解釈だったときは、一言  「違う!」
又は、 「今のあなたが、そこまでしか考えられない、と、自分でレッテルを貼りなさい。それができたら、次に進むことできる」
気がつくと先生の語気が力強くなり、眼光も鋭くなったいる。
本当にしんどそうだけれど来て頂ける時は来て頂こう。
先生だって、眼光鋭いほうが良いに決まっている。
この大事な時間が無くなる事が私は怖い。
2006/11/01(水)
『携帯電話』
私の携帯電話はソフトバンク。
携帯電話番号ポータビリティ制度が始まって、ソフトバンクに申込が殺到し、受付業務がパンク状態になったそうだが、同じソフトバンクを利用している知人が、契約内容の変更のため店舗の窓口に行ってみると35人待ちだったそうだ。
2時間以上の待ち時間。
私も、孫さんが記者会見で言っていた月額¥2,880-が気になっていたので、契約内容の変更をしたいなーと思っているのだが、知人から話を聞くとチョー複雑な契約パターンがある。
電話通話料や、ショートメール、ロングメール、Webの使用状況などによって何を選択したらよいか?がかわるようだが、夜の10時半に聞く話ではなかった。
説明を受け始めてから10分位たつと、頭がこんがらがってきて、まぶたが重くなってきた。
もともと、自分が何にどの位携帯電話を使っているかなんてわからない。
私の希望は、①今より安く、②テレビを見ることができて、③国際電話がかけられること。
しかし、②と③が一つになった携帯電話は残念ながらないそうで、どちらか一方はあきらめないといけないらしい。

日々変化する契約内容に、ソフトバンクの従業員の人も苦労していることでしょう。
1から10まで同じ説明を普段の数倍の人に説明をし、説明を受ける方も待ち時間が長くてイライラしているだろうし・・・

今週末は3連休なので気が向いたら、耳に赤ペンを挟んで説明を聞きに行こうかな?と思っている。