2007/07/31(火)
『先生』
衆議院選挙は民主党圧勝!で終わった。
自民党はこれから大変なんだろうなぁ。
安部総理はこれからいばらの道を歩くのだろうなぁ。
年金は?消費税は?どうなるんだろかなぁ。
不安は消えないまま、新しく登場した先生たちと古くからいる先生たちの活躍を見守ろうと思う。

ここからは、私の母が話してくれた別の先生の話。

母はカラオケが好きで、カラオケサロンという名のスナックに昼間でかけて行き、歌をうたっている。
昔の職場の仲間や、友達の友達やらが近所から集まってくるのだが、皆シルバーシートに優先的に座れる方ばかり。

そこのカラオケサロンで働いている女性も、母達よりも少し若いくらいの中年の女性。
ある日、その店員さんが母の友達が注文した飲み物を「はい!おばさん。お待たせしました!」と言って持ってきたそうだ。
母の友達は、”おばさん”という言葉に過剰に反応し、プリプリ怒ってしまい、母がその友人をなだめてその場は終わった。
店員さんも、母の友達が気分を悪くしたことに気が付いたらしく、次に飲み物を運んできた時に「はい!先生・・・・。」と言って持ってきたそうだ。
その店員さんはが言った”先生”は誰が聞いてもお世辞丸出しで、その言葉が母の友達の怒りを呼び起こしてしまい、「もうこの店には行かない。」言って帰ってしまったとの事。

実際、指導する様な仕事についていない人に対して”先生”と呼ぶのは、馬鹿にされているのか? と受け取られてしまいがちになる。
ふざけて呼ぶ時もあるが、冗談を言い合える間柄であるのならまだしも、そうでない場合は問題が発生する。

ちなみに、母の友達のほうの先生は、その次の週も何事もなかったように姿を現したそうだ。
”先生”と言う言葉の価値が下がってきている感じがする。
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2007/07/30(月)
『レキューム・デ・ジュール』
lecume

我々の溜まり場である、東京、仙川のカフェ、レキューム・デ・ジュール。仙川の桐朋学園の斜め向かいの辺りにある。
アベイユのメンバー、旅、雑貨の関係者、競馬のメンバー等の溜まり場でもある。

そもそも下北沢に溜まり場があったわけだが、レキュームのオーナーの独立開店とともに、この街へ溜まり場が移動した。
お酒も飲める、カフェも飲める・・・。カウンター越しにお酒のビンと、カフェの機械なんぞが見えるところが、日本のカフェとは違い、フランスの香りを感じるところでもある。

近所に行ったこともあって、昨日の午後、雨宿りさせてもらう。うだうだ話をしているうちに雨もやみ、外は真っ暗。
コーヒー2杯で長居になったが、サルトルのカフェ・ドゥ・フロールでコーヒー一杯で長居、よりは微妙にましな客だろう。

レキューム・デ・ジュールは、ちなみに"日々の泡”という、サンジェルマン・デ・プレの帝王ボリス・ヴィアンの小説の原題だ。
サンジェルマン・デ・プレといえば、前出のカフェ、フロールや、マゴ、リップなどがある左岸地区である。
2007/07/27(金)
『イブと私』
先週から少し風邪気味で喉が痛くなり始めたので大事をとって市販の薬を飲むことにした。
ドラッグストアーの薬剤師さん?に症状を話し、喉の痛みによく効くという薬を買って飲んでみたが、喉は相変わらず痛んでいた。

いつも私は、風邪薬はエスタックイブ、頭痛薬はイブを飲んでいたが、たまには新しい薬にチャレンジしてみよう!と思って試してみたもの・・・・私には効かなかった。
薬剤師の人に文句を言っても仕方がない事だけど、ついつい話し込んでしまった上に、あれこれ質問なんかもしてしまったし、そこまで聞いておいて買わない訳にはいかないでしょ!と勝手に思い込んでしまった私が悪かった。

結局、喉の痛みがひかないので、新しい風邪薬はそのままとっておくことにして、またドラッグストアーでエスタックイブを買うことにした。
「もう浮気はしません。だから早く喉を治して下さい!」とエスタックイブにお願いして飲むと、その数時間後には喉の痛みが薄れ、体調が良くなってくるのがわかった。

イブとの相性はバッチリ!
これで、また安心して風邪をひくことができる!?
2007/07/26(木)
『選挙に行きませよう。』
地元の駅の改札で、身長145cm位の背中が曲がったおばあさんが杖で体を支えながら、大きな看板を持って立っていた。
看板には「大事な大事な選挙です。選挙に行きませよう」と書かれてあり、前を通る人の顔を目で追いながら、目が合うと笑顔で返している。
そこらへんで選挙活動をしている人達よりも、何倍も説得力がある。

今の若者達の選挙離れを黙って見ていられなくなったのだろうか?
自分の国の政治にもっと興味を持ってほしいと思ったからだろうか?

政治と金にまつわる問題が世間を騒がし、政治家に対する不信感をつのらせる中、政治に希望をもてなくなり、興味が薄れていく。
格差社会と言われながらも、今の若者達は裕福層に育った人達が多いのだろう。
”政治に左右される生活”が実感をともなわないような気がする。

私は、誰に投票するか?まだ決めていないし、今回の選挙も、もしも都合が悪くなったら、その用事の方を優先させる気でいた。

ここ数日間、毎日、おばあさんは駅で立っていたが、雨の日は頭にハンカチを乗せ、右手に看板、左手には杖で踏ん張って立っていた。
両手で看板を高く持ち上げている日もあった。
おばあさんを見かける度に後ろめたくなり、おばあさんに謝りたい気分になった。

今週末は「選挙に行きませよう」の言葉に従い選挙に行こうと思う。
2007/07/25(水)
『女性専用車輌』
先日、乗換駅の構内で”痴漢撲滅キャンペーン”をやっていた。
JRの人がいたるところに立ってポケットティッシュにチラシを入れたのもを配っていて、どこかのTV局の人が、その様子をカメラで撮っていた。
私は緊張しながらティッシュを受け取り、さも関心ありそうにチラシを見てうなずいたりしてみた。

私が通勤で毎日乗っているその電車は、都内でも痴漢が多いことで有名らしく、職場で私がその線を使っているといったら、「○○線って痴漢が多いんだよね」とよく言われる。
その為、先頭(最後尾)の2車輌は女性専用車輌になっていて、女性が安心して乗車できることになっている。

以前読んだ新聞で、女性専用車輌に間違って乗ってしまった体の不自由な男性の話が載っていた。
その人は奥さんにサーポートしてもらいながら、乗った車輛の異様な雰囲気で、そこが女性専用車輌であることに気が付いたそうだ。
するとそばにいた女性から「ここは女性専用車輌です」と注意を受けたので、「次の駅で降りて車輌を替えます・・」と答えたら、「そこから移れますから」と連結部分の扉を指差されたそうだ。
体が不自由なその男性は奥さんに手をかしてもらいながら、ゆれる電車の中を移動することになった。

私も女性専用車輛に乗ったことがあるが、間違って乗ってしまった男性は本当に気の毒な程冷たい視線を浴びることになる。
被害者顔した女性達の冷たい視線はかなり痛そうだった。
普通に「ここは女性専用車輌だから、次の駅で降りた方が良いですよ」と言えば済むことなのに、眉間に皺を寄せて睨んだり、「エー信じられない!」と聞こえるように悪口を言っている人もいる。

その新聞記事では、女性専用車輌は体が不自由な方も乗車可能であることを後から知って、本来は車輌を移動しなくてもよかったのにその事を知らなかったために嫌な思いをする事になった事が悔やまれる。という言葉で締められていた。

JR側も、女性専用車輌という大きな文字の上に”体の不自由な方と”と言う文字を追加しておかないと体が不自由な方も女性達もわからないじゃないのヨ!と思った。
2007/07/24(火)
『夏目漱石』
夏目漱石の「こころ」を改めて読んだ。
10代の頃に読んでの感想は、一人の女を友人より先駆けして告白しそれを知った友人が自ら命を絶った。
そういう話しだと思っていた。
10代のこの感想の内容は決して間違っていない。

私は漱石の本はその10代の頃読んだきりで、何も読んでいない。
坊ちゃんだとか、姿三四郎だとか、テレビかなんかでやっていた気はするがそれさえも見ていない。

それが去年何かのきっかけで 「行人」を読んだ。
一気に読んだのではなく、やっと読んだ。
よってまともに読んだのはその「行人」のみだからこの恐れ多い文豪に対して感想を述べるなどまさしく何様??ッて感じだけれど、ここだから言っちゃう。
この行人を読んだとき、疲れる男、重たい男、うぜぇー男、ちっちゃい男が私の感想。
言いたいことは解るし、気持ちも分かるし、痛さも分かる。その思いの動きを微にいり細に入り表現できる所が文豪たる所なのだろうけど、しつこい。
何もかも表出すればいいッてもんじゃない(私が言うな!まぁ 心の中を書いているのだから表出はしてないですが)
諦めも、乾いたグレーの諦めと、執着のこもったギトギトした諦めがある。

わたしは乾いて生きたい。
干からびていいから乾いて生きたい。
たぶんぎとぎとしているからそう思うんだろうな。

あれ、こころ について欠こうと思っていたのが「行人」の読書感想文になってしまった。
こころはまた次の機会にします。
2007/07/23(月)
『起床』
朝起きるのが本当に辛い。

これは子どもの頃からで、睡眠時間が長いとか短いとか関係なくとにかく起きたくないのだ。

2日に一度?いや毎日かな思っている。 (朝すっきり目覚められ、早起きならば私の人格はこうなっていなかった)
とか、(人生変わっていた)とか性懲りも無くそれこそ毎朝毎朝思っている。
昨晩の寝る前の決意は他人との約束が係わらなければいとも簡単に躊躇もせずに反故となる。

そしてあくる朝の 8時 うぅーん9時 うぅーん、10時 たまには11時ごろに起き出しそこから自己嫌悪が始まる。
その自己嫌悪が嫌でとにかく約束する。
約束を守らない人間性までにはおかげさまで落ち込んではいない。
月曜から金曜まではなんとかいい。

土日がいけない。
月曜から金曜までに溜まった家事を、システマティックにこなさないと、家で無ければ出来ない四季おろおろのことが出来ない。
だから、出来ない。
挨拶状も書かなければ、写真の整理もいつするの!たまにはお風呂もみがきなさいよ
そうそう田舎の友達から携帯に入ってた留守電に答えてないし、
年老いた両親のいる実家にだってたまには帰らなければ・・・・
これもそれも、人並みに朝6時に起きて活動開始すれば全て解決する。と自分では思っている。
デモできない。仮に起きたとしてもエンジンがかからずAMはボーっとしているのが関の山。

どなたか私の人生変える処方を教えてください。
切実です。
2007/07/20(金)
『幼稚園児』
職場のビルの窓を開けると、近所の幼稚園から子供達の声がする。
ビルとビルの間で反響し、大騒ぎする黄色い声が凄く響く。
子供達が先生の弾くオルガンの伴奏で歌を歌っている時は、音痴な子がいたり、わざと人よりも大きな声で歌っている子がいたりして、思わず笑ってしまう。
「大きな栗の木下で・・・・」私も幼かった頃に振り付けを覚えて、両親の前で歌ったなぁ~と感傷にひたりながら、仕事に戻る。

仕事帰りは、その幼稚園ではお迎えの時間らしく、お母さんの自転車の後ろに乗って、「○○ちゃん!バイバーイ・・・。バイバーイ・・・・。」と言っている子供に出くわす。
子供達はまだまだ元気一杯らしい。
ほとんどのお母さんは、子供とは対照的に疲れた顔をしているのに・・・
これから夕飯を作って、後片付けをして、旦那さんが帰ってきたらそのお世話をして・・・・家に帰ってもまた仕事が待っているからかな?

そんな母をいたわる気遣いなど一切しない子供達は、自転車の後ろでお友達が見えなくなるまで無邪気に「バイバーイ・・・バイバーイ・・・」と言って手を振っている。
あの子達が大人になる頃にはどんな社会になっているのかな?っと思ったら、切なくなった。
2007/07/19(木)
『香水』
朝家をでて直ぐに香水の匂いがした。
周りを見渡しても人がいないのに何故?と思いながら歩き始めると、その匂いがだんだん強くなってきた。
「もう少しで犯人が判明しそうだ!」と思って早歩きしていたら、普通のおじさんが見えてきた。
どちらかと言うと女性が付けそうなその香水の主は、以外にも、地味で少しヨレた感じがするそのおじさんだった。

夏になると、汗の匂いを気にして香水をつける人が増えるが、つけすぎは良くない。
”香水を付ける”と言うよりも、”香水に浸かった”と言いたくなる人。
無人のエレベーターに残る、香水の香りでその人の存在を知ることができる場合もある。
上品というより下品。
肌に付けた香水が、その人の体からでる水分と混ざり合ってほのかにかおる程度にとどめて欲しいものだと思う。
ついでに言えば、気持ちが休まるような匂いであって欲しい。

夜と、昼とで使い分けるのも良いとは思うが、ケバケバしい匂いのするものを朝から振りまかれたらたまったものではない。

恋だ!愛だ!に胸をときめかせていた頃は、私も香水をつける人だった。
いつの頃からか、香水を受け付けなくなってしまった私は・・・男性を意識しない人になってしまったのだろうか?
2007/07/18(水)
『薄茶猫』
向かいの家のエアコン室外機の上に、夜な夜な薄茶の猫が出現するようになった。
室外機の上にあるバックの凹みが薄茶猫の体にフィットするようで、とても居心地良さそうに寝ている。
向かいの住民は雨戸を1週間に1度開位しか開けないので、気がついていないと思う。
雨露はしのげるし、バックの凹みにすっぽりはまっているので、道路からは猫の存在はわからず安全である。
ただ心配なのは、その薄茶猫は私と目が合っても逃げるそぶりもせず、やや虚ろな眼差しをむけること。
どこか体が悪いのか?年寄り猫なのか?やけくそになっているのか?
私が知っている元気な猫達は、人間を見ると警戒してこちらを睨むのが普通なのに・・・

ここのところの雨で体力を消耗しているだろうし、餌になる虫達もいないだろうし・・・大丈夫だろうか?
気になって台所の小窓から度々のぞいているのだが、隣の家に進入して煮干をあげる勇気がなくて、巨人の星の星飛雄馬の姉になった気分になっている。

せめてもの救いは薄茶猫がまだ動けること。
天気になって、餌をたくさん食べて、元気よく走っている姿を見ることができたら、私の胸のつかえがおちるのに・・・
暫くは観察する事にする。
2007/07/17(火)
『夕方の雨』
ぽつぽつ雨が降り出してきたある日の夕方。
私は重たい夕食の材料を持ち傘をさし家へと歩道を歩いていました。
傘無しではいられないくらい降ってきて向こうから中学生か高校生か、まだまだ子どもの面影を残した女の子が自転車で向かってきます。
私は止まってその自転車をやり過ごそうとしていたら「すみません」って頭を下げて横を過ぎていきました。

また歩いていると、3歳くらいの男の子と小学校上がりたてくらいのかわいらしい姉弟と綺麗に髪をカールしたママが、歩道全部ふさいで歩いてきます。
また私はやり過ごそうと止まりました。
この綺麗なママ。
私に見向きもしません。
「~君 」 と男の子に偉そうに訓示を垂れながら私の横を過ぎていきます。
なんかなーって。
自転車の女の子とすれ違わなかったらこの親子のことは気にならなかったかも知れませんね。
でもこの頃思う。
世のため人のために、意地悪ばーさんになって、この手の気に入らない女を見たら、 「おい!セレブ風なバカ女。あんたたち親子の歩道じゃないんだよ。
すみませんとか、ありがとうございますとか、お姉ちゃん横に寄りなさいとか
言えんのかー」って嫌われ者になろうかなと。

根性入れるぞ!! こわこわ
2007/07/13(金)
『伸びたり縮んだり』
職場のTさんとは、キャビネットを挟んだ島で向かい合せに座っている。
キャビネットの高さは120cm位なので、普通に座っていると、Tさんの眉毛から上が見えている。
Tさんか私のどちらかが背筋を伸ばすと目が合うのだが、仕事中は目線が下になるからそうそう目はあわない。
目があったとしても困っちゃうし・・・・

今日の午前中、周囲の人と話をしていたら、目の隅に、上下に動く黒いものが視野に入ってきた。
見てみると、Tさんが笑顔でこっちをみながら伸びたり縮んだりしておどけている。

可笑しくて”ブッツ”と噴出してしまったが、私もTさんとはわざと目が合わないように逆の方向(Tさんが伸びると私は縮む)に伸びたり縮んでみた。
私と一緒に話していた人は、状況がわからず目を大きくしていたが、説明せずに伸びたり縮んだり・・・・を続けていた。

今日は連休前なので、ほんの少しテンションが高めだったし、早く仕事が終わらないかな~と朝から思っていたので暇つぶしができて楽しかった。

今日はそれでよかったのだが、来週の3連休明けには、伸びたり縮んだり出来る心境ではないだろうな!っと、火曜日の朝の事を思うと嫌な気持ちになった。
2007/07/12(木)
『携帯電話』
今日は携帯を忘れて家をでてしまった。
気が付いたのは職場近くの駅に着いたときたっだので、もうとりに戻ることは無理な状況だった。

頻繁に携帯に電話が入る訳でもなく、メールは飲み会などのイベントがある時に重宝するが、今日のように予定がない日は携帯を忘れても何の支障がない。
しいて言えば、街中をあるいていて面白いものや、可愛い猫をと出くわした場合、デジカメ写真がとれないことだけが困るかな?

・・・と思っていたが、携帯電話がないとどうも心細い。
職場の休憩時間に、携帯電話のメールチェックをする習慣がついているので、時間になると自然とバックに手が伸びてしまう。

以前何かのテレビで、朝に携帯を取り上げられた女子高校生が、夜に我慢しきれず泣いていたのを思い出した。
その女子高生は一日中メールをしていて、親が注意してもやめないため、困った親がテレビに投稿してきたものだった。
その女子高生だけではなく、他にも携帯中毒症状になっている人は沢山いるだろう。

営業の男性は、携帯がなる度に体が”ビクッ”となると言っていた。
注文、クレーム、上司からの指示、注意、問合せ・・・・携帯電話でがんじがらめに縛られてしまい、それが体に染み付いて抜けなくなってしまたのだろう。

私は携帯中毒ではないし、電話がなっても気が付かない時すらある。
ただ持っていれば安心するもの。
ただそれだけっていうのはチト淋しいかな?
2007/07/11(水)
『桐島かれん』
私はショーットヘアーなので、ロングヘアーの人のように髪型をアップにしたり、カールしたり、結わえてみたり・・・変化を楽しむ事がなかなかできない。
パーマをかけてイメチェン!をしたこともあるが、出来の悪いカツラをかぶっているようにしっくりこず、すぐにストレートに戻してしまった。
髪の毛をのばせば良いではないか?という話になるが、のばすまでの間に嫌になってしまい、何回断念したことか・・・・
結局、ショートヘアーをアレンジをする方法を考えることになるのだが、女性雑誌にでているモデルさんの髪型をまねて、分け目を変えてみたり、ムースをつけて顔にはりつけるようにしてみたりと、一応努力はしている。

今日は、雑誌に載っていた桐島かれんさんを真似てみた。
朝、ムースをつけて形をつくった時点では、私のできる範囲で、桐島かれんさんにほんの少し近づいた感じがしたのだが、電車の中でクーラーの風を受け、凄い速さで職場に向かっている途中に、いつもの私になっていた。

職場のトイレで鏡を見ながら、じっとしていてくれない髪の毛を、朝の状態に戻すため、水で濡らして押さえつけたりしてみたが、やっぱり桐島かれんさんとは、かなりかけ離れた人になっていた。

きっと、朝寝ぼけて勘違いしてしまったのだろうと思う。
2007/07/10(火)
『エイ!エイ!オー!!』
少しご無沙汰でした。

4月終わりから、”ネットで頭の教室”みたいなのに入門してしまい、今私の全神経はそちらに向いております。

そろそろ老後の人生考えねばの崖ふちまで、頭を使わずに来たためか、初めての頭の疲れる体験。
ネットとはいえ、決してバカにならない入門料。
バカにならない入門料だけあって、これまた手ごたえたっぷりです。
とにかく時間があればPCの前に向かい頭の中を覗き見している感覚。
頭の中の構造がどうなっているか知らないけれど、さび付いた経路を無理やり目覚めさせ動かせようとしているわけだから、頭がこっちゃって(これ、肩こりと同じ意味で使っている)こっちゃって頭のマッサージいきたいです。

ネットの世界も(これ少し意味違うわ)現実の世界も一筋縄ではいきません。
それでも出て行く。
えい!やー!って重い腰をあげ出て行く。
わけ解らずとも出て行く。

知らない所に踏み込むって悪くない。
2007/07/09(月)
『日本の民族性』
電車を待つホームでは、整列乗車がおこなわれているが、きちんと列をつくるところとそうでないところがある。
私が通勤で使っている地下鉄のホームでは、車輛1~2台に対して1人の人員をつけ、整列乗車を徹底させている。

並ぶ人はサラリーマンから学生まで、ほとんどが大人。
並ばせる側はアルバイトとおぼしき女の子。
いつだったか?横入りをしようとしたおじさんが女の子に「あちらに並んでください!」と注意をうけていた。
おじさんは眉間に皺を寄せ、しぶしぶ列の後ろにつく。

監視する人がいないと整列乗車できない大人達は一人や二人ではない。
電車の優先席を陣取って、携帯でメールをしている若者となんら変わりはない。

最近、これらのマナーの悪さは日本の民族性なのではないか?と思っている。
2007/07/06(金)
『ジェネレーションギャップ』
今日送別会があって、管理職の人から新入社員の人まで色々な年代の人が集まった。
話の中で、「○○さんは色白だから、髭をそらないとホモオダホモオみたくなっちゃうよね!」っていったら、新入社員の女の子がポカンとしていた。
随分前のテレビでやっていたお笑いだけど、20代前半の人たちは知らないらしい。
どんなギャグか?彼女に伝えるために課長や主任がホモオダホモオの真似をして見せるのだが、実物の面白さは伝わらない。
逆に、ホモオダホモオを知っている人たちは、課長と主任の物まねをみて大笑い・・・

ジェネレーションギャップです。
お笑いも、カラオケも、見ていたアニメの話も・・・・・20代前半の人たちとは全然違う。

話す相手によって内容を考えないと、時間がかかるようになってしまった。
2007/07/05(木)
『彼女のバックを持つ彼氏』
久々に女物のカバンを持った男性を見かけた。
そのカバンはピンクでふちにラメのテープが縫い付けてあって、トートバック並の大きさ。
となりを歩く女の子はお人形さんのように可愛らしく、彼氏と話をする時は首をかしげて目を覗き込む感じ。
バックもファッションの一部なのではないのか?
彼氏とバックがセットでファッション?
バックはともかく、彼氏はウーッ・・今一つ。
そういう男の子だから、バックを持ったりするのかもしれない。
嫌なものを見てしまった・・・という感じが残った。
2007/07/04(水)
『愛の賛歌』
随分前に「極上の月夜」という番組で視聴者の人生相談にのっていた美和明宏さんが愛と恋の違いについて語っていた。
簡単に言うと恋は自分本位、愛は相手本位とのこと。

そして番組の中で美輪明宏さんが「愛の賛歌」を歌った。
歌の前に美和明宏のセリフがあって、ネットでその歌詞を見つけたのでここに載せます。


美輪明宏・セリフ歌詞訳詩/E.Piaf  M.Mount・作曲/池多孝春・編曲

高く青い空かが頭の上に落ちてきたって この大地が割れてひっくり返ったって
世界中のどんな重要な出来事だって どうってこたぁありゃしない
あなたのこの愛の前には 朝日が目覚めたときあなたの温かい掌の下で
あたしの体が愛にふるえている 毎朝が愛に満たされている
あたしにはそれだけで充分

もしあんたが望むんだったら この金髪だって染めるわ
もしあんたが望むんだったら どんな宝物だってお月様だって盗みにいくわ
もしあんたが望むんだったら 愛する祖国も友達もみんな裏切ってみせるわ
もしあんたが望むんだったら 人々に笑われたってあたしは平気
どんな恥ずかしいことだってやってのけるわ

そしてやがて時が訪れて 死があたしから
あんたを引き裂いたといってもそれも平気よ だってあたしも必ず死ぬんですもの
そして死んだ後でも二人は手に手を取って あのどこまでもどこまでも広がる真っ青な空 の
青の中に座って永遠の愛を誓い合うのよ
なんの問題もないあの広々としたあの空の中で そして神様もそういうあたし達を
永遠に祝福して下さるでしょう



美輪明宏さんの熱演にとても感動した。
人を好きになるとこんなにも強くなれるのか?

これは、美輪明宏さんが言うところの”恋の歌”。
越路吹雪の「愛の賛歌」これは”愛の歌”だと思う。
どちらも好きだが、是非”生”で聴いてみたいと思った。
2007/07/03(火)
『母の帽子』
先週末、母にカツラをした方が良いかな?と真顔で相談を受けた。
母の髪質はとても軟らかく、そして細い。
パーマをかけていないので、髪の毛が頭にはり付いている感じがする。
同年代の母の友達は白髪ではあるが、まだフサフサしている人が多く、自分だけペタンコなのが気になっているらしい。
髪の毛が薄いと年寄りっぽく見られてしまうので、頭部の上の部分だけのカツラが欲しい・・・という事を数年前にも言っていたが、暫くはそんな話もでなかったので、やめたのかな?っと思っていた。

最近やたらと帽子を買うようになったのは、髪の毛の悩みをずーっと抱えていたかなんだ。
今更ながら母の気持ちを思った。

そして私が、「母の髪型をそんなに変だとは思わないし、前髪をピンカールしてクルクルさせているのがとても似合っているからカツラなんか買わなくて大丈夫だよ」と言ったら・・・・とてもうれしそうな顔をしていた。

いまだに女性らしく身の回りの事を気にかけている母を見て、私もうれしいと思う。
2007/07/02(月)
『庶民の戦い』
週末の夕方、車で近所のスーパーに買い物に行くと、駐車場はいつも空き待ちの状態になっている。
警備員の人が数人いて、駐車スペースが空くと1台進め、また空くと1台進める・・・・という整理をきちんとやってくれるので、私もそれに従い車をとめる。

最悪なのは、警備員がいない時。
屋上が駐車場なのでそれなりの広さがあるのだが、車の中からでは空き状況がわからないのでそのまま進んでしまうと、空いたスペースを探すためにグルグル回る羽目になってしまう。
そんな車が数台、駐車場の中をうろうろしていると、早い者勝ちの駐車スペースのとりあいとなる。

私が適当な場所で車を停めて、ハザードを付けて空くのを待っていたときのこと、近くの場所に人が戻ってきたのでラッキー!!とばかりにそこにノロノロと近づいていき、”そこが空いたら私が車を入れます”アピールをしていた。
駐車場から車が出たのでいざ前進すると、凄い勢いでバックしてくる車があった。
確か、私の前で並んでいた車だと思う。
その車を無視して前進して行くと、その車は「ビービービーッ」と派手にクラクションを鳴らしていた。
順番から言えば、その車がそこに入れてもおかしくはないが、かなり離れた場所で待機していたのに、わざわざバックしてきて、ギョッとするような凄い顔で私を睨んでいる。
聞こえはしないが、車の中で何か叫んでいるらしく口が動いていた。
喧嘩になるのも嫌なので、ひとまずその人に譲ることにし、その人の車から少し離れた場所に移動したら、また人がきて、車を出して行った。
それも、店舗入り口の直ぐそばのとても良い場所だった。
心の中で「ざまーみろ!」と思いながら、何にもなかったように車を停めた。
私の一台前に並んでいたクラクション女は、店舗の入口から離れた場所だったので、私が車を停めてもまだ姿を表さない。
嫌な思いをした後だったので、とても嬉しくて気分良く買い物をすることができた。

庶民的なスーパーの庶民的な人間(私も含む)の争いは思いのほかせこくて、思い出しただけでも嫌な気持ちになる。